お侍様 小劇場 extra

    “おしゃかな 好き好きvv” 〜寵猫抄より
 



文筆業を生業としている島田せんせいは、
締め切り前の追い込みのみならず、
予定が空いてるはずの頃合いでも、
ふとした拍子にプロットやアイデアが
どっからか降りて来ることが結構あるお人なので。
いいお天気なのでと窓を開けて、
爽やかな風を入れてたリビングにて。
無邪気な仔猫さんへと
ピンポン玉を転がしてやって遊んでいたものが、
不意に何にか気を逸らされの、
立ち上がったそのまま
書斎へお籠もりとなってしまうことも珍しくはなくて。

 「うにゅう〜〜〜。」

深色の蓬髪垂らした、大好きな勘兵衛の大きな背中が、
広いスタンスによりあっと言う間にすたすたと、
お廊下の方へと出てってしまったのを、為す術なく見送りながら。
小さな丸みもやわやわと愛らしい、
丸ぁるいお膝の出ている半ズボン姿になったは今朝方からの仔猫さん。
そのお膝の間にお尻を落とし込むような、
正座を崩したような可愛らしい座りようをしたまんまで。
せっかく遊んでたのにな、楽しかったのにな。
小さなお口を微妙に尖らせて、そうと言いたげなお声を出す。
そんな久蔵坊やへは、

 「…ほぉら。久蔵、これ何ぁんだvv」

勘兵衛が書斎へ入ってったの、お廊下で見届けた七郎次が、
ままあっちはそうそう急いでの手当ても要らぬと、
慣れた様子で見越してから。
それよりもと、放り出された久蔵の方を構いだてしに来ておいで。
淡色の彼には尚のこと良く映える、白地のTシャツの上。
カーディガン代わりのオーバーシャツとして羽織ってた、
大きめの淡い若草色のシャツの前合わせ。
片手できゅうと掴んでくっつけての、
今だけの間に合わせにという風情で合わせていたそこから、
もう一方の手を突っ込んで“ほぉらvv”と取り出したのが、

 「みゃ?」

勘兵衛ほど重たげで武骨なそれではないけれど、
それでも大人である七郎次の手は、久蔵とは比較にならぬほど大きい。
そこへぎりぎり隠れてしまうほどの大きさの、
黄色い何かが指の間から覗く。
しゅっぱいしゅっぱいレモンかな?
それとも新しいおもちゃなの?
真新しい弾けるような色合いに引かれ、
何なになぁにと にじにじ寄れば。

  ――ふわん、と

ゆるやかな所作で開かれた手の中から、
宙へと浮かんで解き放たれたのは。
文字通り、七郎次の手のひらサイズという大きさの、

 「みゃみゃっvv」
 「おや、チョウチョウウオじゃないですか。」

大好きなお兄さんが披露した手品に触発されてのこと、
久蔵が突然 人の言葉を話せるようになった訳じゃあなくて、

 「ヘイさん、早かったですねぇ。」

某雑誌社の編集担当者である林田が庭先に立っており、

 「いや、すいません。」

玄関チャイムも鳴らさずの勝手な訪のいへ頭を掻いて見せ、
先に回った◇◇先生のトコで意外に早く原稿をいただけたのでと言いながら、
これ、と、差し出したのが、
少し離れた街の快速停車駅にある、有名洋菓子店の化粧箱。
おおと、甘いもの好きの秘書殿が口許ほころばせたその拍子、
芝居がかってのこと、隠していた懐ろを抑えていた手が緩み、
その陰からこぼれ出すよに逃げ出したのが、

 「みゃっ、みゃっ♪」
 「あ…しまった。もちっと引き伸ばすつもりだったが。」

最初に出して見せたチョウチョウウオと同じくらいの、
だが、こっちは全身がもっと黄色い、
口許も細く飛び出した格好の、
別なお魚…の、小ぶりな風船であるらしく。
それとは別のも数匹ほどいて、

 「こっちのは縞模様がありますね。」
 「ええ、同じ熱帯魚仲間だそうですが、」

えっと、何て言ったかな?と。
それらのタネをこそり仕込んであった懐ろやら、
ズボンのポケットやらをごそごそとまさぐる七郎次だったりし。
確か“ハタタテダイ”じゃなかったかな?
お店の人に訊きはしたんですがねと言いつつ、
取り出した取扱説明書らしき紙片を眺めて、

 「ああ、魚(小)としか書いてないや。」
 「ははぁ、風船なんですか、あれ。」

もっと大きいマンボウのとか、見たことがありますが、
あれは確か銀のビニール製のだったような…と。
自分の記憶の中から引っ張り出したものを林田が語れば、

 「そういうのだと、久蔵が爪で破ってしまうでしょ?」

七郎次もまた、縁日やイベントなぞで見た覚えがあったか、
だが、それだと困る点を連ねて、

 「お魚好きな久蔵なんで、喜ぶかなと意中においてたら。」
 「ああいう新製品があった、と?」

ええ、ほら子供向けの柔らかい樹脂のサンダルがはやったでしょう?
あれに近い素材で出来てて、滅多なことじゃあ破れないんですって、と。
そんなこんなを語らっている大人たちをよそに、
キャラメル色の毛並みした、小さな王子におかれては、
魚の名前やどんな経緯の代物かなんてどうでもいいらしく。

 「みゃっ!」

魅せられたようとは正にこのことか。
赤い双眸をきらきらと耀かせ、
そちらへと視線を据えたまま、
よいちょと立ってみた自分の目線より微妙に高いところを、
ふよふよと漂う魚たちから、もうもう目が離せないらしい。
林田さんがゆってたの、これもチョウチョなの?
お庭からそよぎ込む風の流れのせいだろう、
右へ左へゆらゆら動くのが、
なんか不思議だったし…見てると背中やお尻がむずむずする。
捕まえなけりゃって、お手々が落ち着けない。
紅の双眸、瞬かせもせずに、
じっと見ているだけじゃあ我慢が利かなくなったのか。
目線は釘付けにしたまんま、とてとて歩み始めると、
そんな彼の動きにも作用されるか、
お魚たちもふわりと逃げる。
すると、それが合図だったかのように、

 「みゃうっ。」

背伸びをしつつの小さな猫パンチが飛んだのだが、
素早さは相当なものだったものの、
いかんせん、それもまた風圧を生むものか。
坊やのお顔を隠すよに宙を横切り、
それぞれ四方八方へと散って逃げる心憎さよ。

 「…いや、そんな計算なんてないんでしょうけど。」
 「久蔵、そっちの縞模様のが近いぞ?」

こっちのお兄さんはお兄さんで、人の話を聞いてないし、と。
夢見るような金髪碧眼という、せっかくの美貌も意味を無くすほどの、
相変わらずな子煩悩…ならぬ、
林田くんからすりゃ“ネコ煩悩”なお兄さんを、
くすすと苦笑混じりに眺めやる。
時折 後足立ちになってまでして、
果敢にも小さな熱帯魚たちを追い回す、
キャラメル色のぽあぽあした毛玉のような小さな仔猫。
小さな小さな前足で、やあとお手玉くらいの風船へじゃれつく様は、
確かにどれほど見ていても見飽きない、
そりゃあ可憐な愛らしさだったし。

 「…また面白いものを買うてきよって。」
 「わあ、びっくり☆」

気配がなかったのは嗜んでおいでの武芸の賜物か。
濡れ縁のようなものとして、
開けっ放しにされていた掃き出し窓の縁へと、
いつものようにちょこりと腰掛けた林田くんの背後に、
いつの間にか やって来ていた誰かさんの声が立ち。
あわわと飛び上がるほど驚けば、
おっ、と。
彼もまた、こちらの来客は眼中になかったと言わんばかり、
今頃になってその注意を向けて来て、

 「いやいや、すまんな。
  七郎次はああなると、もはや何を言うても聞こえておらぬ。」
 「いや、それはもう…。」

さすがにもう心得ておりますがと、
乾いた苦笑を浮かべるしかない林田くんだ。
片やは全国区で、いやさ、
サブカルチャーに限りゃあ世界の市場でだって有名な売れっ子作家先生と。
もう片やだって、モデルばりの風貌がどこへ行っても注目浴びるわ、
様々なジャンルのお話を手掛ける先生の有能な秘書としても辣腕だわという、
いい大人が二人して。
あ〜んな小さな仔猫の一挙手一投足に振り回されておいでだなんてね。

 “一度 特集記事でも組んじゃおか。”

自分のところで連載中の、
調伏侍シリーズの使い魔・猫叉のモデルさん、
よその社の編集さんも御存知なのなら、先を越されるその前に…だなんて。

 「あ、惜しい。尻尾に触ったのにねぇ。」
 「みゃっ♪」
 「ほれ、久蔵。後ろに別のが忍び寄っておるぞ?」
 「にゃっ?」

か細い四肢を振り回し、
ひょこりと器用にも立ち上がったり、
小さな拳を宙に舞わせたり。
そりゃあ愛らしいながらも勇ましい仔猫さんの奮闘に、
心から沸いておいでの二人を眺めつつ、
やっぱり苦笑が止まらぬ編集さんだったりするらしかった。




     フエヤッコ    ダイバー猫vv



そしてそして、真夜中の屋根の上では。

 《 …それにしても。》

丸ぁるいお月様の照らす中、
誰かさんと誰かさんが、こそりとお顔を合わせていたのだが。

 《 お前、以前はああまで魚好きではなかったろうに。》

草いきれの香も青々しく薫る夜風に、
そのつややかな黒髪を梳
(くしけず)らせながら。
昼の間はそちらさんも猫という仮の姿でいる兵庫殿が、
かっちりとした男性の肢体という人型に戻って見やった先では。
あれほど無邪気だった仔猫と同一の存在とは到底思えぬ青年が、
心当たりがないか、ほんの微かに小首を傾げて見せており。
宵の夜陰が垂れ込める中に浮き上がる、
白金の綿毛がゆさりと揺れて。
月光の冷たい蒼色さえ弾き返すほどの、
玲瓏な白さをたたえた同輩の澄ましたお顔を眺めつつ。
兵庫としては くすぐったげな苦笑が止まらぬらしく、

 「あのような風船へまで戯れるのは猫の性の現れだとしても、
  食べるものとしての好みの範疇に、これまで入っておったか?」

何世もの時代、幾星層もの歳月を、
或る時は人の和子らに紛れ、
また或る時は今のように別な存在として、
彼らの傍らに身をひそめて来た自分たちであり。
だが、覚えている折々の中、
この寡黙な同胞が魚の類を好んで食していた記憶がない。
むしろ苦手にしておったろうにと言いかけて、はたと気がついたのが、

 「…そうか、お主、ただ単に面倒だっただけか?」
 「………。(……頷)」

細い顎を引くまでに微かな間が空いたのは、
今の今まで自分でも気がついていなかったのだろうことを匂わせる。
他でもないご当人の嗜好だってのに、
やはり欠片ほどさえ関心がなかったらしい久蔵であり、

 “別に人と同じである必要はないのだが…。”

それでも。
今のこの、凍るような美麗さたたえた邪妖狩りの青年の、
臈たけた透徹な佇まいが、欠片さえも残ってはない仮の姿。
天真爛漫とはこのこととばかり、
屈託なく微笑っている昼間のお顔を見るにつけ。
当初はただただ厄介だの面倒だのと感じていた今の状況、
このごろではそうそう悪いものでもなかったかなと、
思うことの多い兵庫でもあったりし。

 「…。」
 「…何だ。」

じぃとこちらを見やる紅眸の彼に“何が言いたい”と訊き返せば、

 「派手になった。」
 「う、うるさいわっ。/////////」

これはあの女が首の飾りを取っ替え引っ替えしやがるからで、
しかもしかも、何を思うてか古代ぎれの派手なのばかりをだなっと。
こちらさんもまた、昼間の姿や扱いから受ける影響、
しっかとその身へ染ませているご同輩殿であったりするらしいです。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.02.


  *お魚の風船てあるじゃないですか、
   エサって書かれたヘリウムのボンベつきの。
   あれが広いリビングでプカプカしてたら、
   子供は喜ぶのかなぁ、怖がる子もいるかもしれない?
   そんなこんなを考えながら、こういうお話が出来ました。
   気がつけば子育て番組も結構見ている、よう判らんおばさんです。
   もう姫だって いいお年頃になってるっていうのにねぇ?

 アカベタちなみに、常々 久蔵みたいなと例えに出してたのは
   こちらのベタのことでして、別名“闘魚”とも呼ばれています。
   オス同士を同じ水槽に入れるとどちらかがやられるまで喧嘩し続けるそうです。
   私んちで飼ってたのは深紅ので、
   いつもいつもそれは優雅な泳ぎようをしていて、
   これがそんなに喧嘩っ早いなんて信じられませんでした。

*素材をお借りしました → やまねこの海サマヘ

めるふぉvv チョウチョウウオ

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